在宅ホスピスについて

在宅ホスピスの事例

事例:東京のホームホスピス〔2〕

今、全国には26軒のホームホスピスがあり、準備中のものを入れると30軒を超えます。そのほとんどは看護師が立ち上げており、介護士やボランティアが立ちあげる、あるいは中心になって運営されているところは少数です。

ホームホスピス楪は、その少数派。嶋﨑叔子さんは介護福祉士の資格を取得されていますが、ご自身が言われるには、「ほとんど素人が立ち上げた」ホームホスピスです。

宮崎の「かあさんの家」の理事長を務める市原美穂さんも専門職ではありませんが、生活者としての現場感覚は専門のケアギバーよりも確かなもので、それに加え、母として、妻として、娘として、友人としてのしなやかな感性が、住人やその家族、スタッフ、またホームホスピスの仲間を大きく包み込んでいます。

ですから、「あなたならできるわよ。但し、軸がぶれないようにすることよ」という市原さんの励ましの言葉は、嶋﨑さんが大きく因って立つところです。

 

とも暮らしの住人

ホームホスピスの理念に添おうとする姿勢は、楪の随所に見えます。民家ではなくマンションの1階ですが、こぢんまりとした暖かな家庭の雰囲気にあふれています。

住人各部屋の日当たり、風通しに工夫があり、住人それぞれが持ってこられた家具や調度が、居心地の良い、安心できる空間を作り上げています。訪問したのは秋のさなか。さりげなく季節の花を生けてあったり、ベランダに干し柿がつるしてあったりするのは、住人のご家族のこころづかいだとか。居ながらにして、季節の深まりを感じることができるやさしい配慮が見えます。

ホームホスピスは「とも暮らし」の家です。認知症の高齢者や重篤な病など難しい条件が重なり落ち着く場所を探している人、一人暮らしが不安な高齢者など5、6人が、一軒の家で、ともに暮らします。そこに外部から介護・医療のケアが入り、家族に代わってサービスを提供するというのが基本的なホームホスピスのスタイルです。また、そこにスタッフも含めて、疑似家族的な構成ができることも特長の一つとしてあげられます。

楪でも住人一人一人の生き方を尊重し、その生活を中心に据えて、いま4人の高齢者がとも暮らしをしていらっしゃいますが、実際には困難なことも数多くあります。

平成の高齢者は総じて、人様に迷惑をかけない、人様からも迷惑をかけられない、ご近所付き合いも淡々というスタイルが多いようです。九十歳を過ぎたAさんもそのお一人。キャリアウーマンとして、長年、一人で毅然と暮らしてこられ、確固とした生活スタイルがあって、なかなか他者を受け入れようとしません。部屋に一人でいることを好まれ、よくスタッフを呼ばれます。特に夜は頻回ですが、夜勤のスタッフは一人なので、別の住人のケアをしている時などすぐに応えられないことがあります。そんな時Aさんは、大声でスタッフを叱りつけます。彼女は、お金を払ってサービスを買っているという自負があり、それに応えない怠慢な態度は許し難いのです。

「とも暮らし」がなかなか難しいAさんですが、それでも楪の大切な住人として少しでも居心地よく、穏やかに過ごして欲しいと嶋﨑さんとスタッフは願っています。

全国ホームホスピス協会のレビュー

全国ホームホスピス協会では今年(2016年)から認定制度を導入し、開設から2年以上経ったホームホスピスを対象に、質の担保をはかるためにレビューを行っています。

楪はいち早く手をあげ、レビューに臨みました。

審査をするのは、嶋﨑さんがリーダー養成研修を受けた「神戸なごみの家」代表の松本京子さんとホームホスピスの先輩でもある理事たち。

ホームホスピスの基準は、生活を整えるケアに大きな力点を置いているため、設問項目も多岐にわたり、住人個々の条件や事情を聴きながら丁寧に進められます。食事、排泄、睡眠など、一人一人生活習慣が違い、ADL(日常生活動作)に差があり、認知度にも違いがあります。

水分が十分に摂れない人にはどういう工夫がされているか、昼夜逆転の人に眠剤を使わず睡眠をとってもらうにはどうしたらいいか、オムツを外しトイレでの排泄を促すためにはどういう方法が効果的か、等々。理事の誰もが苦労してきた部分ですから、現場に即した具体的なアドバイスが次々に出されます。それに真剣に耳を傾け、質問に答える嶋﨑さんと犬飼さんの話には、彼女たちとスタッフが行ってきた必死の努力が見えてきます。

ホームホスピスの理念と現場の効率

介護の現場で経験の浅い嶋﨑さんは、ホスピスの理念に忠実であろうとして、キャリアを積んできたスタッフと意見が合わずに悩むこともあるといいます。

「待つ/任せる/見守る」はホームホスピスのケアの重点です。「本人の潜在能力を見極め、適切に支える」という基準は、非常に高い専門性が求められることにもなりますが、ベテランの介護士の場合はかえって、その辺りが難しいこともあるようです。

その一因として、従来の介護の現場では、まず効率性が求められることがあげられます。さらに、ホームホスピスでは住人の人数が少ない分、ケアする側はどうしても手を出して助けたくなりがちです。

レビューを見ていると、ホームホスピスの基準の高さに改めて気づかされると同時に、現場で実践していくことの難しさも判ります。

例えば、住人の日常会話に心の動きを垣間見る、それを語り合う、その人の思いを推し量ることを大切にする、スタッフにそうした気づきを求める嶋﨑さんと、気持ちは十分にあっても、住人の安全やケアの合理性に力点を置いて効率的なケアを優先したいスタッフとの考え方の違いをどうすればいいかなど、理事たちもともに考えます。

「なかなか理解し合うのが難しいときがある」と言いながらも、嶋﨑さんは「立ち上げる前にリーダー養成研修を受けたことが本当によかった。スタッフ側の気持ちもよくわかる」と言います。

都会のコミュニティ

地域活動についてはどうでしょう。

ホームホスピスは高齢者や病気の人がとも暮らしをする「家」ですが、単に「家」というだけでなく、社会活動として地域づくりへの関わりを大切にしています。具体的には、医療・介護・福祉関係者や行政、教育機関との連携、地域交流サロンや相談室の開設、またホスピスの啓発活動として講演会や出前講座の開催など、コミュニティに働きかけていくことです。

しかし、地域によっては、そうした働きかけを嫌うところもあります。

とくに都市の場合は、静かな暮らしを乱して欲しくない、余計な波風を立てないでほしいという意識から、嶋﨑さんが家を探していたときのように、活動の趣旨を理解はしてもなかなか受け入れられないこともあります。

「いまはともかく静かにこの街に溶け込んでいく」と言う嶋﨑さんは、町内会会員になって町内の清掃などにも積極的に参加しながら、ゆっくりと市民権を得ようとしています。

「みんなの楪」

レビューのはじめに「ここに来て、運営面ではやっと少しゆとりができました。去年は少しですけど黒字でした」という嶋﨑さんに、理事たちから一様に「すごい!」と声が上がりましたが、「でも、私たちの給与までは出ません」とつづくと、「それは黒字とは言いません」と否定されてしまいました。

ホームホスピスは収益を目的としていないため、複数の収益事業を持たないと継続的な運営は厳しい。それでも、住人と家族、一緒に活動してくれるスタッフのために、楪を守っていかなければなりません。

 

「今年(2016年)2月に亡くなった方なんですけどね。脳梗塞で左半身麻痺の方でした。入れられたばかりの頃は、いつも『一人で何も出来ないこんな自分はいや。もう早く死にたい』と言ってらっしゃったんだけど、亡くなられる3カ月くらい前だったかな、だいぶ具合が悪くなってこられたころ、『私が逝ったらここの経営はどうなるんだろう』って本気で心配してくださったのね。

『そうよ、だからSさん、私達と一緒にここにいてね』って話したら『そうか、だから、死ねないのかしら?』って。ちょうどそのとき部屋が空いていたもので、ここが赤字になってしまうって思われたんだと思います。

実は、Sさんは楪がオープンしたての頃にいらした方で、その頃は3部屋も空いていたの。Sさんは、娘さんに「お福さん」を持って来させてくださったんですよ。あの紋付の黒羽織を着てお辞儀をしている、縁起物のお人形。そうしたら、その内に入居者が一人増え、二人増えていったんです。

2月にSさんは亡くなられたんだけど、その次の日の夜、『お部屋、空いてますか?』と別の方が駆け込んで来られてね。そして、その方のお母様が3ヶ月弱で亡くなられると、間髪開けずに入居希望の方がまた見えたんですよ。それ以来現在まで、Sさんが過ごしていらしたお部屋は空くことがないんです。」

 

開設3年目を迎えた楪ですが、住人・ご家族・スタッフとともに思いやりのある暖かなホームホスピスをつくっています。これまでに看取った住人は9人、その一人一人に思いがあります。

 

「実際にやってみて、つらいなと思うことがほとんどだったけど、でもね、このごろ、自分がやっているんじゃないんだなって感じるんです。スタッフとか利用者さん、ご家族、みんながいるから私がいる。段々と肩の力が抜けてきて、少しずつ頑張れる気がしてきています。」

 

最近、亡くなられたご家族も一緒に家族会が立ち上がりました。今、住人の息子さんが先頭になって、会報「みんなの楪」を作成中です。

 

(取材日:2016.11.1/11.3)

 

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