日本財団在宅ホスピスプログラムについて

関係者の声

関係者の声:ホスピスケアからコミュニティケアへ〈2〉:在宅ホスピスプログラム・アドバイザー 山崎章郎さん

 山崎先生のコミュニティケア構想は、ケアタウン小平を中心に確実に根付いてきています。

 毎年秋に開かれる「ケアタウン小平応援フェスタ」は、いっぷく荘の住人やケアタウンで働く人、ボランティアはもちろん、地域のお年寄りから子どもたちまで、障害のある人も病気の人も集って、ゲームやクイズを楽しみ、合唱やフラダンスが披露される賑やかなお祭りで、500人もの人が訪れます。

 その最後は恒例となったバルーンリリース、千個の色とりどりの風船に、参加者がそれぞれ願い事を書いた手紙を入れて、秋の空高く飛ばします。

 宛先のない風船メールは小平市、小金井市、武蔵野市、国分寺市、調布市・・・境界線のない空を飛んでゆき、誰かに思いを届けるのでしょう。「ホスピスケアの普遍化」という願いを象徴しているようにも思えます。

 2011年のケアタウン小平クリニックの統計では、在宅看取り率は、がん患者で86%、非がんの患者で69%となっています。そして、それを可能にしているのは、ケアタウン小平の一階にある在宅ホスピスチーム、先生の書かれた提言「ホスピスケアからコミュニティケアへ」のなかにもあるように、往診専門のケアタウン小平クリニックと、ここを拠点とした多職種のチームが提供する密度の濃いケアです。

Q:組織はどのようになっているのでしょうか。

山崎:診療所は僕個人の開業、訪問看護ステーションとケアマネージメントセンター、デイサービスはNPO法人が運営しているんですよ。僕は聖ヨハネホスピスの経験を通して、ボランティアの人たちとの協働がすごく大事だということが実感できていたので、ここができる前から、ボランティアの人たちと地域で協働していくという発想があって、それにはどういう事業体がいいかと考えたとき、それを実現しやすいのがNPO法人だと思った。

診療所は医療法人しかできないけれど、他の三つはだからケアタウン小平は、医療法人とNPO法人、それにここのオーナーである株式会社暁記念交流基金というそれぞれ毛色が違う事業体が集まってチームを作り、地域のホスピスケアに取り組むというかたちですね。

 

Q:先にそういう発想があったんですね。ホスピスケアチームの拠点をつくることの利点は何でしょうか。

山崎:我々がふだんここで診ている患者さんの約3割の方が末期のがんで、7割はがんじゃない方、いわゆる非がんの患者さんなんです。

末期がんの患者さんは1カ月が勝負、場合によっては、2、3週間が勝負なわけですよ。当クリニックで看取る患者さんの4分の1は、2週間以内で、半数が1カ月以内で亡くなっています。

だから紹介があって、まずご家族と面談し、ご家族からの情報とその患者さんがかかっていた病院からの診療情報を整理し、そのうえで、患者さん本人に会います。そして、本人の病状認識の確認、今後どうしたいのか、何を優先して過ごすのかなどを、お聞きし、その実現を皆で目指しましょう、となることが多いです。

がんの患者さんは、意識がクリアな人が多い。自分が衰弱していくプロセスをどう受け止めるかとか、体の変化だけでなく、心の変化があるわけですよ。患者さんの状態は刻々変わっていくから、それに対応するためには、我々チームが共有する情報の密度とか、スピードとか、患者さんの状態を知って返すレスポンスが速くなければ後手後手に回ってしまうんですよ。

そこががんの患者さんと非がん患者さんとの違い。何年にもわたる病気の患者さんたちとは全然違う。

末期がんの患者さんの場合は、密度の濃いチームケアをスピーディーにやらなければならない。例えば、救急病院に担ぎ込まれた患者さんたちがICUに入って集中治療を受けるのと同じように、がん末期の場合は集中的なケアが必要。しかも短期間の間にそれをしないといけない。患者さんにとってよかった、家族も後悔しないためのケアをしていくためには、どうしてもケアタウン小平のような拠点が必要だったということなんです。ホスピスケアチームが同じ場所にいたほうがいい。

もちろん、それだけではない。そうはいっても、末期がん患者さんの半数は1カ月で亡くなるけれど、2、3カ月、それ以上時間がある方、長いスパンの方もいらっしゃるわけで、そういう方に対して、医師にしても看護師にしてもそこに関わる人たちが、いつでも同じ場所に戻ってきて、「今あの方、こういう問題に直面しているんだけど、どうしようか」という話ができる。情報が共有できたら、では、それにどういうふうに対応していけばいいか。「じゃあ、だれが行く?」「看護師のあなたが話を聴いたほうがいいね」とか、そこでスムースに決まるわけですよ。

ケアタウン小平を建てる前にそういう話をして、オーナーの長谷さんがそれを形にしてくださった。診療所、訪問看護ステーション、ケアマネの事業所、奥にデイサービスがあって、ワンフロアでしょ。いつでも一緒だし、お昼も一緒に食べるから、食事をしながらカンファレンスができる。そんなチーム展開だったんですね。

僕らのホスピスケアが、患者・家族から評価されたのは、もちろんケアのクオリティもあるけど、それを維持したのは、チームがこんな感じでいつでも顔を合わせられる関係でいられるということですよね。

我々は在宅でやっていますけど、ケアの密度は施設ホスピスと変わらない。そうあるべきだと思う。

Q:施設ホスピスと違って、在宅の場合がん患者さんばかりではない、患者さんにはいろいろな病気の方がいらっしゃいますよね。

山崎:もちろん、がん患者さんばかりでなく、非がんの方もホスピスケアの対象ですよね。その中には、ここを開業して以来だから、十年以上お付き合いさせていただいている方たちがいる。慢性疾患、脳梗塞とか神経難病とか認知症とか、そういう方は時間が緩やかに流れている。

そして、そういう方が「最後まで家にいたい」と思っておられたら、もちろん我々は最期までお手伝いするわけですよ。その場合、どうやって彼らの生活を支えていくかということね、必要な介護サービスを提供して、日々の生活を支えていくとなったときに、課題は一人暮らしの人たちなんですよ。

がん患者さんの場合もそうだけど、先ほど言ったように慢性疾患や脳梗塞などのような長期にわたる闘病の方がいて、その方の生活を支えていかなければならない。あるいは、認知症で病気の方とか。

例えば、実際にこんなことがある。老老介護をしていて、夫をやっとの思いで家で看取ることができたと、なんとか本人の思いに応えることができた。でも、それを成し遂げたお連れ合いが言われるんですよ、「残された私を誰がみてくれるんですか」と。

その問いに対する答えが我々にはなかった。そして、その答えを、宮崎の市原美穂さんたちが出してくれたんですよ。

 

Q:ホームホスピスですね。同じ市内にあるホームホスピス楪がそれですか。

山崎:そう。だから、それに答える道筋の一つがホームホスピスだと。その構想は見えていたんですよ。ただ、どうやって取り組めばいいのかがわからなかった。

だれかそういう構想を担ってくれる人がいたら、いくらでも協力しあってチームになれると思っていた。それで、僕は本(『ホームホスピス「かあさんの家」の作り方』)も読んでいたし、市原さんにもお会いして話を聴いたり、実際に宮崎に行って見てきたりしていた。

そんな時に、今、楪の理事長をしている嶋崎叔子さんが新聞でホームホスピスの取り組みを知って、自分たちでホームホスピスをつくろうと思われたんですよ。たまたま二つの意思が、ホームホスピスに向かっていた。

僕は、ボランティアの皆さんと地域で協働してホスピスケアをするということが、最初から構想にあったから、「それはいい」と思いました。そこで、彼女たちがやったほうが、ずっと展開がいいと思ったんです。

Q:地域におけるホスピスケアをボランティアと協働して展開できるひとつのかたちが整ったようですが、先生のなかで、都市型ケアタウン構想はほぼ完成したのでしょうか

山崎:いやいや、いろいろと課題が見えてきているんですよ。

一つはデイサービスセンター。ケアタウン小平デイサービスセンターは、重度の患者さんが利用できるように考えてそういうサービスを提供している。でも、重度ということは、安定して通うことができないんですよ。具合が悪くなったら入院したりして、来れないでしょ?

うちのデイサービスは18名が定員。一定の利用者がいてこそ運営ができるわけで、安定した利用者数が確保できないと運営は不安定。その不安定さを抱えながら、どう継続するかということは課題なわけですよ。

だから、この10年間はこういうかたちでやってきたけれど、ここからさらに地域ニーズに答えていくための取り組みをどうするか。医療・看護の24時間体制は揺るぎないけど、コミュニティケアは当然それだけではないよね。

それから、夜間のニーズにどう応えるか、在宅医療・看護は在宅に24時間入っているけれど、介護部分の夜間のニーズにはが十分応えきれてない。

課題はいろいろありますよ。

 

(取材日:2016年11月2日)

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