日本財団

在宅ホスピスHOSPICE CARE AT HOME

とも暮らしの家・・・愛逢の家 vol.1

 今年10周年を迎える愛逢の家は兵庫県尼崎市東園田にあります。
 ホームホスピスとしては、今や老舗と言える愛逢の家ですが、管理者はここを立ち上げた兼行さんに代わり、3年前から30代の西山裕規さんが務めています。全国のホームホスピスの管理者は40〜50代の女性が圧倒的に多い中、異色です。
 宅地の中、細い路地を入ったところに2階建ての民家「愛逢の家」があります。玄関の扉を開けると「おかえりなさい」と西山さんが笑顔で迎えてくれました。
 早速住人の皆さん、スタッフ、ご家族にご挨拶。

キミエさんと紀代子さん

 お話をうかがった場所は、リビングというよりはダイニングキッチン、あまり広くない分、スタッフは料理をしながら振り向いて会話にはいることができます。
 リビングの奥はカーテンで仕切った一部屋になっており、今年数え歳で108歳になるキミエさんが寝ておられます。先日、2階から移って来られたそうで、賑やかなことが好きなキミエさんは、常にスタッフの目が届き、人声やテレビの音がして、お料理の匂いが漂ってくるそこが落ち着くようです。
訪ねてみえた姪の紀代子さんのお話しをうかがいました。キミエさんはもちろん愛逢の家の最長老であり、家ができた時からの住人です。入居した時がすでに98歳。91歳の時、九州から姪の紀代子さんがいる尼崎に越してきて、すぐ近くのアパートに一人で住んでおられたのですが、認知症が進んできました。紀代子さんが前管理者の兼行さんの知り合いだったことから愛逢の家を開く前から入居を決め、キミエさんも「まだか、まだか」と待っておられたそうです。
 紀代子さんはキミエさんとは親子のような間柄で、24歳の時に結婚して尼崎に来られるまでいろいろと世話になり、結婚後も九州のキミエさんの家に里帰りしていたそうです。9年前にキミエさんが愛逢の家に入居してからは、しょっちゅう訪ねて、ここでおしゃべりをしたり、一緒に食事をしたり、スタッフや他の住人やそのご家族ともご近所付き合いのような間柄、「ここが実家のようなもの」と言います。

達雄さんと陽子さん

 たしかに愛逢の家は、住人のご家族の出入りが多いようです。一つには、住人やご家族がそばを流れる藻川を隔てて小中島や瓦宮など周辺の地域におられることもあるのでしょう。入居判定をする時も、同じ条件であれば周辺地域の人が入居するのが望ましいと考えているそうです。ご家族や友人に親しんでもらいたい、また、行政関係や病医院をはじめとしたさまざまな社会資源を共有できているところがいいと言います。

 陽子さんは今年94歳。愛逢の家の前理事長で息子の達雄さんの自宅近くで一人住まいをしていましたが、達雄さん自身が病気になり、いよいよ一人で住むことが難しくなってきました。昼間、デイサービスやショートステイなど利用していましたが、しっかりとした気性の陽子さんはみんなで揃って歌ったり、遊戯をしたりと幼稚なことには到底馴染めませんでした。
 達雄さんには理事長としていつも出入りしていた愛逢の家ですが、陽子さんが移ってきて、昼間、一緒に食事をする機会は増えたようです。「ただメシを食べさせてもろてる」と笑う達雄さんですが、それ以上に、季節のものや住人の好物を差し入れして、台所は大いにうるおっているそうです。

 その日のスタッフ香西英子さんが夕飯の準備をしながら話の輪に加わって、陽子さんに味見を頼んだり、梅干しを漬けるときはウメの実のヘタをもいでもらったり(「私よりよっぽど手際がいいんです」と香西さん)、時間がないときは洗濯物をたたんでもらったり(「仕方ないな、ベッドの上に置いとき」と陽子さん)と、「いろいろ手伝ってもらって助かってます」と言います。耳が遠い陽子さんは、「悪口言われててもわからへん」と仲間に入り、笑いの輪が広がり一層和やかな雰囲気です。
 長谷川達雄さんは理事長を辞めて、今は住人の家族の立場。

Q:家族の立場からみてホームホスピスってどうですか?

A:ことさらに“ホームホスピスのどこがいい”と言うには知りすぎているけど、やっぱり人、「人と人のつながり」が施設とは違う。一人一人の個性が出せるところもいいかな。こんなん(陽子さん)が、チーチーパッパ一緒にせいと言われたら、かなわんやろしな。美味しいもん食べて、毎日しゃべって笑う生活ができたらそれがいちばん。

愛逢の家にはそれが豊富にあります。

「聞き書き」と「看取りの伝道師」

 ところで今、達雄さんは「聞き書き」にすっかり「はまっている」そうです。「聞き書き」とは、相手の話を聞いて、その話し手の言葉で「一人語り」のように書いていく手法ですが、意外に難しいのが話し手を見つけること、そして語ってもらうことです。その点、愛逢の家では話し手に不足しません。入居者のお年寄りはもちろん、そのご家族の話を聞いてはお一人お一人「聞き書き本」にまとめているそうです。「紀代子さんの聞き書きも、今できてる」と達雄さんは本当に楽しそうです。
 達雄さんは「聞き書き」活動ともう一つ、「看取りの伝道師」活動を広げたいと思っています。「看取りの伝道師」とは、達雄さんが「勝手につくった名前や」そうですが、このまち全体が看取りのできるまちになるよう、愛逢の家から地域全体に向けて展開したい、愛逢の家で実践し学んだことを伝えていきたい、そんな抱負をうかがいました。

追記:キミエさんは紀代子さん・愛逢スタッフに見守られ、安らかに天国に旅立たれました。2019年3月7日木曜日 23時10分永眠

vol.2 へ続く